ハンディキャップテニス基礎研究の5年に 続く・・ 30数年間の NPO事業活動継続

  30数年前、テニス専門家の多くは、関係情報や事業資金の不足なのか・・ 新たなテニス環境開発の取り組みを進めませんでした。
  このため、テニス経験の少ないテニス愛好者が、専門家に代わって 国内の車椅子テニス環境づくりの主管、主導を 担うことになりました。

研究開発や啓蒙普及の活動に投入した時間と資金の規模は 少なくありません。

新しいテニス環境開発に取り組むことに 多くの時間と資金が必要な点は 立場が 協会等組織も ボランティアやNPO団体も 同じです。
協会の取り組みがない中 協会からの財政的支援も 30数年間 皆無のため NPO団体は 必要な資金づくりを進めながら活動しました。


1975年に初めてテニスの魅力とふれあい・・ 所属したテニスクラブで練習を継続していました。 
この当時 事故で下半身に障害が残った青年が テニス参加を断念したとの話を聞いた1977年から 活動を始めた理由は・・ この青年の例に類似した多くの人達が テニス界を離れていることを知り、再びコート上でプレーする方法はないのか・・と考えました。 

このときから 車椅子を使用したテニスが出来るように 日本テニス協会に対して 新しい環境づくりの取り組みを要請し コート上での車椅子を使用した テストも実施しました。

1977年から1983年までの 5年間に 車椅子テニスのテスト企画を含めて 計12回の大会を開催した ワインカップテニストーナメントは・・ 
障害の人達や高齢者がプレーする上での問題点の有無など 様々な試みも加えたテストを実施し 新しいテニス環境開発に役立つデータを収集しました。

     車椅子テニス環境の実現に向けて



私達の周囲には 事故や疾病による運動機能の一部を失う中途障害の人達に加え、幼い時から 機能障害のハンディ がある人達もいます。
テニスは 万人スポーツのひとつです。 誰でも参加出来るテニス環境づくりを テニス専門家で構成する協会が取り組むものと期待していました。 

NPO関係者が基礎研究を進めていた5年間は 専門協会が積極的な取り組みを開始するまでの待機時間でした。
期待した動きは全くなく 車椅子テニス環境づくりの取り組みが必要 との提言を 日本テニス協会とプロテニス協会に進めたのは  国際障害者年の1981年でした。

こうした働きかけに対して 専門家で構成するテニス協会は・・「 協力できることが あれば・・ 」 との回答に留まり 積極的な行動はありません。
しかし 誰かが 取り組まなければ 後年の車椅子テニスのメダリストが早くに誕生することもありません。 
また 車椅子テニスより理解少ない ボールもコートも 見えない全盲の人達のテニス参加機会は テニス協会の力では 生まれませんでした。


     日本の車椅子テニス環境誕生の歴史



   資金もないNPO団体が 30数年間も活動を 続けたのか・・

別記 本NPO団体の関係者達は   30数年間は、すべて無給、無償で進め その上で 事業運営の資金負担もありました。
大会など大きな事業計画には 理解ある財団や企業、団体の支援を戴きましたが、不足した費用は  団体関係者の負担で補い、各企画を進めました。


資産もない立場で、無給・無償の方針を貫きながら、事業運営の時間と年間 数百万円の運営資金は・・
1日24時間の20時間を 事業運営と資金づくりの仕事時間に費やし、4時間前後を睡眠に充当する方法でNPO事業は 継続しました。

こうした仕事の多くは、事業推進と広報活動の他に 支援協力を求めた各方面との面会や打ち合わせに要する時間を優先するため、同じ勤務先に長期間携わることが難しく、次の仕事を見つけなければならないケースも多々ありました。 必要な資金を得るためには 複数の仕事に従事することが必要だったことが理由です。

いくつかの資格を取得していたことと加え 未経験の仕事を含めて 30以上の職業に従事しました。
未経験の仕事内容には いろいろな発見を体感する破壊となり NPO事業の新しい企画開発にも役立ちました。 レジャーを楽しむ時間はありませんが 様々な仕事経験の中に 楽しみを見つける歳月でした。 


様々な環境の中にテニスの楽しさ、面白さを紹介するテニス事業には 職業コーチとして活躍することのできる環境と新しいテニスビジネスの開発が必要です。  
NPO事業は 地域経済の活性に役立つ情報資料を専門的に発信する スーパーテニス・ワールド ( 旧・ユニバーサルテニス・ワールド ) を 開設しています。


  収益も名声も目的にしないNPO事業を 長く継続してきた理由・・ 

活動開始の当初・・ 専門家で構成するテニス組織は 障害がある人達に対して テニスを楽しめる機会と環境づくりを進めるものと期待していました。  この期待は実現せず テニス環境は 障害のない人達だけが楽しむ世界と考えるテニス関係者は多く その閉鎖的な考え方は悲しく 専門協会は存在価値がありません。

こうした状況はありましたが NPO団体が 新しいテニス環境づくりを数年取り組む間に テニス協会の中に良識のある心優しい人達が 障害の有無にこだわずにテニスの普及が必要と考えることを・・ 願っていました。 残念ながら 40年間 待ち続けましたが 日本のテニス協会の中からは 現れませんでした。


テニスの専門協会が実行しませんが NPO団体が取り組んだ新しいテニス環境づくりは・・ 生活環境や身体条件の違い、人種や国籍の違いを超えた交流を生み出せるテニスの魅力を大きく活用させることが願いです。 
各活動を通じて、様々な環境の中で テニス参加を楽しむ人達の笑顔に出会えた時間の大切さを感じたことが 事業継続した 理由のひとつです。


     ハンディキャップテニス特別講習


東京でオリンピック、パラリンピックが開催されますが 過去のパラリンピック 車椅子テニス競技で活躍した日本選手がいます。 この車椅子でテニスを楽しめる環境開発に 地道に取り組みを開始、継続したのは NPO団体です。 
しかし 多くの事業は 活動に協力された数多くの人達と温かな理解で支えた企業や団体、財団等の存在によって支えられました。



NPO法人 JHTF の活動について